2022年6月19日日曜日

片親

先々週に Apple から「父の日に最高のギフトを。」 な件名のメールが来ていたけども、残念ながら父はいない。死別ではなく離別。

メールには「最高のお父さんに、最高のギフトを見つけよう。」と。最高のお父さん以前に、お父さんってどういう存在であるのかわからないという。それに当たる人にはほんの数回ほど会った記憶はあり30年くらい前が最後だろうか、中学の頃。

小さい頃に一緒に写っている写真は数枚ほど多分今も実家にあって、それからは「車、バイクが好きな人だったのだろうか・・?」というのが微かにわかる。単に残ってたのがたまたま車、バイクと一緒の写真だっただけかもしれない。

今も存命かは知らず、もしそうだったとして今後その人が鬼籍に入っても、連絡がくるパスはないはず。仮に連絡きても、多分「はぁ、そうですか」としか言えないだろうな。存命なら、昔の話を母から聞く限りはなかなかトンデモナイ感じだったんだけど実のところ当時どのように振る舞ってたのかだけは聞いてみたいかもしれない。国分「〜〜〜どう思った?」的な。

インターネッツ上で父とのほっこりエピソードなんかを見かけると、「ああ、これは何をどうやっても自分には得られないものだったな」とつい思ってしまう。「これ親父からのお下がりなんだ」とか「親父とドライブ、ツーリングした、ゴルフ、バッセン行った」などなども可能性はゼロなわけである。まぁ、いるからといってそういう関係ではないだろうしいわゆる毒親で悩まされるルートもあるけれど。

いないからプラスにもマイナスにも振れず、ただ、すっぽり抜けている。無。

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